本当の自分を知っているのは自分だけ

◆本当の自分を知っているのは自分だけ

ネガティブなセルフイメージ、それって本物ですか? 
劣等感や自身のなさは全部偽物
の続きで、今日はわたしの話。

私はずっと自分のことを、 「自分は気が強い、強情!言い出したら絶対曲げない!」性格だと思ってたんですね。
実際、自分をある程度自覚する年齢になってからも、そんな節が日常生活の中であるのも感じていました。
だから「私は気が強い性格なんだろうなー」と思ってました。
なので、友達もそんな感じの人が多いです。
類は友を呼ぶ…ってやつですね。(全員ではないけど…)

私も友人たちも
人よりも、しっかりしてる。
人よりも、仕事ができる。
人よりも、仕事が早い。
とみられがち。一見ね…。
本当はそんなことないんです、全然。


あたしに関してなんだけど、 これって実は父が私に与えた 勝手な父の解釈だったように思うんです。

 私は物心がついた頃にはもうすでに 父親から 「気が強い」 「一度言い出したらいうことを聞かない」 とよく言われていたことを記憶しています。
でも、なぜ、そう言われなきゃいけないのか 自分では記憶していません。
とにかく、気が強く、手に負えないなど 「強い・強情」といった類をよく言われていたのです。
寝て起こすとかなり機嫌が悪い…よく癇癪を起こす、 夜泣きも激しかったなど。
あんまり夜泣きが激しいので、 疳の虫がいるんじゃないかと 当時CMをしていた薬を飲ませようかとも 思っていたときいたこともあります。
<諸説あるようですが、 疳の虫についてはこちらを参考に→★

そんなこともあり、 幼児期以降もことあるごとに、 なにか気に食わないことがあると、 全力で抵抗していたようなのです。 (本人、記憶・自覚なし。両親談。)
なので、もう一度言いますが、 物心がついた頃からずっと父親から 何度も 「気が強い」 「一度言い出したらいうことを聞かない」「わがままだ」 と言われ、おそらく父は本当にそう思ったんでしょうね。
これを読んでるあなたも「そう言われても仕方がない感じがあったんじゃないの?言い出したら聞かないのなら、やっぱり強情なんじゃ?」って。
確かにそういう風にも取られても仕方がないし、それも事実なのかもしれません。

だけど、やっぱりそれが絶対正しいわけでもないと思うのです。
違う側面を見ようとすれば、【意志が強い】【意志を通す力がある】【自分に正直なんだ】とプラスのイメージでもよかったんですよね。

表現に対して、与え方、受け取り方は様々というわけで、どれがいい、どれが悪いということはないと思います。
どんなにいいイメージを与えようとしても受け取る側がそれをプレッシャーに感じてしまえば、結局そこで辛くなるのでね。
だから何がいい・悪いを言い出したらきりがなくなり、犯人探しになったり、さらに辛い状況を作るので、ここを掘り下げない方が無難です。(笑)
なので、ここはスルーするとしますね。

私の時はどんな状況だったかはわかりませんが、そうして一度ついたイメージで私を見ることで、些細なことでも気が強い、強情、わがままに父には移りやすくなります。
そうすると、似たシュチュエーションになるたびに気が強い、強情、わがままと父は感じやすくなり、私はそう言われ、そうして お互いにずーーーと私に強い、強情、わがままなイメージを持ち続けてることになってしまったのかもしれません。

ですが、あたしは本当は違うのですよ。
私は全然気は強くないです。
私は本当は超がつくほどのヘタレです。笑
私はちょービビりで、 失敗が怖いし、苦手意識多いし、 不器用だし。(←これ、関係あるのか?)
わがままではあるかもしれませんが、とても弱く、甘えたがり屋なのです。(笑)
ちっとも強くないのです。

だけど、小さいことから何度も言われることであたしは気が強くないといけない、 強情だから意思を通さねば、弱さを見せるわけにはいかない、 できないなんて絶対言えない!それが私なんだし!! とお父さんから与えてもらったイメージを 壊さないように、お父さんの期待を裏切らないように!と そのお父さんのイメージの自分にいつも身を 自分から置いて、必死にそんな自分を演じていたのです。
(はいっ。ファザコン決定です(笑))

子供って取捨選択ができません。
好き・嫌い!くらいならできますが、これは自分に都合がいい!都合が悪い!と複雑になってしまうと自由に選ぶことができません。
特に親に言われると私にいいもの!私には不必要なもの!のジャッジがないまま、【お父さん、お母さんからのありがたいお言葉】としてインストールされてしまいます。

『わがままだ!』と何度も言われると、「私はわがままなんだ」と自覚し、それを怒られて言われると、「わがままを言ってはいけないんだ。」と感じます。
すると【わがままな私はダメなんだ】と自分にとっていいこと・悪いことの判断をしないまま取り込んでしまいます。
そうして、自分を否定するようになったり、わがままは言ってはいけない…と本音が言えなくなったりします。
そうして、自分のイメージや性格、表現方法を作り上げていきます。

そうして私も、強い、強情、わがままでいるために、いつもできるように、 一人でも大丈夫!と強く振舞っていたのです。
だけど、内心、ドキドキ。
逃げたい、やりたくない、嫌だ、怖い。
自分には本当はできない…お父さんのイメージとは違う自分がいることは自分が一番わかっているから、すごく自分の内側と戦っている状態です。
あがり症でお困りの方にあるケースですよ。
実際、私もすごいあがり症でしたし。

あがり症にはいろんなケースはありますが、内的イメージと外的イメージのギャップがストレスになり、外的イメージが保てなくなる、壊れるのではないか?という不安から過緊張を作りあがり症としてでる方もいらっしゃいます。

話を戻して、自分の弱さを感じながらもその弱さに気づかないふりをし、 お父さんに与えてもらったメージを必死で守ろうと無意識に 「強く・できる女」をやっていたのでした。
本当はなーーーーんもしたくない、 ぐーたらなんですよ。(笑)

なにがいいたいかというと、 わたしのように自分に間違ったイメージを植えつけてない?
人から与えられたイメージを演じていませんか?
誰かに言われたことだったり、 誰かの言動の影響で、 自分に「レッテル」を貼って、 そのレッテルに困っていませんかー? ってことなんです。

それは本当の自分であるようで、本当の自分ではない可能性があります。

確かに私は父からみたら気が強く、強情で、わがままに見えたかもしれません。
それも一つの事実です。
だけど、どんな状況だったかわかりませんが、もし自分の気持ちを強く通そうとしていたのなら、【意志が強い】【思ったことを言える正直な子】【自分に素直】とも取れたもう一つの事実もあるのです。
そのプラスになるイメージでもよかったわけです。

だからそんなイメージを与えた父が悪い…とかそういう話でもなくて、自分のイメージは本当にそのままでいいの?
もし、「これは私じゃない!」「もう疲れた。」と感じるなら、変えられるよ?そのイメージ違うものかもしれないよ?無理に演じなくていいよ…と言いたいのです。
もちろん、親からプラスのイメージも与えられることで自分の自信に繋がっていることもあると思います。

だから辛いイメージを渡されそれをしんどく感じるのなら、そこだけ変えてもいいんですよ。
それをずっと握りしめなくて大丈夫。
変えたければ変えたらいいんです。
その役を降りでもいいんです。

自分じゃない自分になってない?
誰かの期待に応えてるだけなんじゃないの? ってことです。
もし、自分のイメージの期待に応えるのが疲れたら、 間違ったイメージを剥がしていいんです。
自分に貼り付けたイメージは自分が剥がしたいと思ったらはがせます。

ネガティブなセルフイメージがあるなら、その反対側のイメージに自分が当てはまらないか考えてみてくださいね。

 


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